ゲームをプレイするのは子供にとってプラスかマイナスかについての一分析

FB からの転載です。

元記事: http://withnews.jp/article/f0160314000qq000000000000000W0380901qq000013105A

記事の大枠は良いと思います。
しかしゲームやテレビについての話であるのに、ゲームやテレビの細部について全く掘り下げていないのは残念です。

最近会社で育児に関するグループの方達と話をした際にも話題に出たのですが、ゲームを子供にやらせるのは教育上どうなのか?という疑問をお持ちの方がやはりおられました。

それに対する私の最初の回答は以下のようなものです。

「ゲーム(の内容や種類)による」

英語で言う所の “It depends” ですね。

ゲームに詳しくない人や、テレビに精通していない人、あるいはネットに詳しくない人などがそれらについて語ったり評価をしたりする時、非常に多くのケースで、それらの対象を 「1 つのもの」としてみて判断しようとします。

しかし、本にも教科書、歴史書やノンフィクションもの、ファンタジーやSFなどのフィクション、聖書などの宗教に関するもの、自己啓発書やらライトノベルやら官能小説やら、非常に多くの種類があります。

本を読むのは一般的には良い事、とされていますが、官能小説ばかり読んでいるのが健全とは思いづらいですし、自己啓発書ばかり読んでいるのも同様でしょう。
漫画はどうでしょうか?これも表現手法での分類でしかなく、正確な評価をするには内容を評価しなくてはならない為、一概には語れません。

アニメも同様です。

同じことがテレビやゲームや、ネットにも当てはまります。

テレビについてはまだ観ている人が多く内容も分かり易い為、こういう番組はこうで、ああいう番組はああですよね、と説明すれば分かってもらいやすいです。

しかし、ゲームは経験がない人には中々説明が難しいところです。

ネットもまた然り。2ch は便所の落書きだとか、糞だとかいう人も多いですし、実際そういった部分も多いですが、匿名性を担保したネット上の言論空間の存在意義は非常に大きいものがあります。

「炎上」と一括りにされ否定的に発言する人も多いですが、非常に多くの犯罪や社会問題に対する問題提起がなされており、時に行きすぎることがあるとしても、社会正義の追求に役に立ったり、Wikileaks と同様に匿名でなければできない告発なども行われています。

過去の小保方女子の論文の問題なども 2ch の生物板などを中心に追求され、メディアよりもずっと早い段階で問題の本質が共有されていました。

少し話がずれてしまいましたが、ゲームに話を戻すと、ゲームには大きく分けて 2 つのタイプのゲームがあります。

一つは、ゲームに費やした時間や経験が、プレイヤーの体や脳内に還元され、結果的に実社会での生活にもフィードバックがあるタイプのゲームです。

もっとも分かりやすいのは、自動車や飛行機などの運転や操縦を疑似経験できるシミュレーターと呼ばれるタイプのゲームです。
運転シミュレーターやフライトシミュレーターを経験しておけば、実際の運転や操縦技術の体得が容易になる事は間違いありません。
これに近いタイプのゲームとしては、都市や国家の統治や運営のシミュレーションゲーム、動物園などの施設やお店の運営シミュレーションゲームなどもまた、実際に自分がそのような経営側の立場になった時に一定の役に立つのは当然として、国家や都市の運営者や店舗の経営者が何を考え、何に苦労しているのか、また、どのような環境的な問題や困難があるのか、などの知識や経験がある程度えられるため、一市民や店舗の顧客の立場であっても何らかの役には立つでしょう。

その次に分かりやすいと思われるのは音楽ゲームやスポーツゲームでしょうか。
あるスポーツを知らない人がルールや戦術を覚えるのに、ゲームはかなり役に立つ事はやってみればすぐに分かると思います。

プロのスポーツ選手も、戦術研究を兼ねて、あるいは現実にはレアなケースを繰り返し経験できる事などゲームの特性を利用してプレイしたりしています。
音楽ゲームも作りによりますが、音感やリトミック的な知識や演奏スキルなどが若干以上に身につきますし、脳を活性化させる効果もあります。

歴史のゲームをすれば一定の歴史の知識が身につくのは当然として、その時代の環境や人々の考え方、発言などをゲーム内の自身の代理となるキャラクターを通して疑似経験することにより、その当時の人間の持つ(ったであろう)気持ちや感覚を経験したり身につけたりすることさえできます。

RTS (Real Time Strategy)というタイプのゲームをプレイすれば、刻一刻と変わるゲーム内条件や、プレイヤーの置かれた周辺環境(資源や天候、地政学的要件、近隣の国や部族などの特徴や状態など)と、自身のもつ人的、物質的リソースとその時点での目的を素早く判断し、優先順位をつけて最終的なゴールに向かって何をどの順番で実行していけばいいのか、刻一刻と変わる状況に対する臨機応変な対応力なども身につきます。

この為、私の知る限り現在の日本の IT 業界で名前が売れている人々の中に、非常に多くある特定の RTS ゲームのプレイヤーを見つけることができます。

また、英語のゲームをプレイすれば、そのゲームから得られる経験以外にも英語の知識や経験が増加します。

これら、上に述べてきたゲームの中の経験は、一定程度プレイヤーの体や脳内に蓄積される為、実生活でもある程度以上に役に立つはずです。

つまり、プレイ時間が単なる娯楽目的の消費活動ではないと言えます。

それに対して、もう一つのタイプのゲーム、その代表としてRPG タイプのゲームは、ストーリーの出来の良さによる部分(つまり本や映画と同様にストーリーや脚本の出来から得られるもの)を除けば、ゲーム内での強さや経験は、基本的にはゲーム内キャラクターのレベルや装備に蓄積されます。

ゲームを一歩離れれば、類似の内容の小説や映画やゲームを作成する、といった場合を除いて、現実世界に役立てるような何かがプレイヤーには残っていません。
(戦術やマップ、敵モンスターの攻撃パターンや武器やスキルの特性、相性などの知識とプレイヤースキルは有効ですが、それらの知識や経験はほぼ現実世界では役に立ちません)

さらに RPGやモンハンなどはプレイ時間の長さがそのままキャラクターの強さとして蓄積される為、非常に長い時間を消費するという問題もあります。

ですから、こと教育上どうなのか?という視点に限定するならば、RPG 以外のゲームをプレイさせる方がいいでしょう。

もちろん RPG にもいいところはありますけれど。

つまりこの後者に属するゲームは、プレイによって得られる経験や知識がプレイヤーの体や脳ではなく、ゲーム内のデータとして蓄積される為、現実界へのポジティブフィードバックが無いか非常に少ないわけです。

これらのゲームをプレイするのは、ある意味では時間の浪費であったり、単なる消費活動とみなすことができるでしょう。

最後に、ゲームのタイプによらない特徴として、ゲーム(やコンピュータ)の世界では、現実世界では経験できないようなことを経験することができるということがあります。

火事や洪水などの災害が起きた場合の経験、戦争の経験、ゾンビや猛獣に襲われた時の経験、暴漢に襲われた時の経験、などなどです。
人間は一度も経験したことがない場合と、疑似や脳内であっても一度以上考えたり経験したことに遭遇した場合では、対応力が全くと言っていいほど異なります。
また、例えば猛獣に襲われた際にどうしたらいいかなどを例に取っても、本に書いてあることを知識として持っているだけと、ゲーム内とは言え疑似的にビジュアル込みで経験しているのとでは大きな対応力の違いになるでしょう。

更にゲームやコンピューターのいいところは、そのような経験を何度でも必要なだけ繰り返し経験でき、また、失敗をすることができるところです。
レースや綱渡りや猛獣の相手をするのに、現実世界で失敗は許されませんがゲームの中では何度でも失敗でき、そこから学ぶことができます。

この失敗が許されること、失敗から学べることは、ゲームやコンピュータを使って何かを経験することの最大の長所ではないでしょうか?

例えゲームであっても、多くの挑戦をし、多くの失敗を経験し、そこから何かを学んでいる人間と、そうでない人間と、どちらがより良い人生を歩みやすくなるのか、考察するのも興味深いのではないでしょうか。

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